大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

静岡地方裁判所 昭和48年(行ウ)13号 判決

原告 植山一郎

被告 静岡県知事

訴訟代理人 渋川満 石川博章 杉山昇 三谷和久 ほか三名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事  実 〈省略〉

理由

一  まず、被告の本案前の主張について判断する。

被告は、行政処分の取消訴訟において請求の対象とされうる処分は、行政庁の権力的行為であると共に、これにより直接・具体的に特定人の法的地位を左右するものでなければならないところ、都市計画法八条一項による用途地域の定めはいわゆる一般処分であり、これにより直接に私人に対し、特定具体的権利の侵害ないし制約を生じきせるものではないから、未だ処分性を欠き、取消訴訟の対象となりうる行政処分に該当しないし、原告はこれにより直接的に権利制限を受けるものではないから、その取消を求める適格を欠く旨主張する。

しかしながら、都道府県知事が都市計画としてなす用途地域の決定が行政庁の権力的行為であることは疑いないところであり、また、都道府県知事がその用途地域を定める決定をなし、その旨を告示すれば、その都市計画はその告示のあつた日からその効力を生じ(都市計画法二〇条)、その地域内においては、建築基準法四八条、五二条、五三条等により、容積率(建築物の延べ面積の敷地面積に対する割合)、建ぺい率(建築物の建築面積の敷地面積に対する割合)等につき建築制限を受けるに至るのであるから、その地域内に存在する土地、建物に関して権利を有する者は、建築物の新築、増築等について法律上の制限を課せられ、不利益を受けることは明らかである。なるほど、都市計画としてなす用途地域の決定そのものは、特定の個人に対しなされる処分ではなく、ある一定の範囲の地域をある種の用途地域に定めるのみであり、その決定された地域内に存在する土地、建物に関して権利を有する者の受ける不利益は、都市計画法以外の法律によりひとしく受けるものではあるけれども、これらの権利者はその地域内の土地、建物に関し権利を有しない一般第三者とは異なり、他の法律によるにもせよ用途地域の決定によつて現実に権利の自由な行使を制限され、不利益を受けるものであるから、特定の個人に直接向けられた具体的処分による権利行使の制限と区別し、あるいは同じ都市計画法によつて受ける権利行使の制限と区別して、用途地域決定の違法を争いえないものとするのは相当でないものというべく、用途地域の決定は、取消訴訟の対象となりうる行政処分に該当するものと解するのが相当である。原告本人尋問の結果によると、原告は本件用途地域決定のなされた勉域内にある本件区域内に建物を建築していることが認められるから、原告は本件用途地域の決定により、権利の自由な行使を制限されるものであり、その取消を求める適格を有するものといわねばならない。

被告は、原告は自らの所有権等に関係のない部分についてまでも、本件用途地域決定の取消を求める資格を有しないし本件用途地域決定を可分的に評価して一部取消を求めることも、用途地域決定の性質・目的に照らし許されない旨主張するけれども、用途地域は、その性質・目的に照らし、一つの地域が相当の規模を有するように定められなければならないところ、用途地域決定のなされた地域内において、相当の規模を有する区域につき違法事由が存在することもありうるのであるから、かかる場合においては、その違法事由の存在する区域につき、可分的に評価し、用途地域決定のその一部について取消を求めることは許容されるものと解するのが相当であり、また、その違法事由の存在する区域内の自ら所有権等の権利を有しない部分についても、違法な用途地域決定によつて受けた自己の権利の行使の制限を排除するに必要な範囲内において、その取消を求めることは許容されるものと解するのが相当である。けだし、違法な用途地域決定によつて自己の権利の行使を制限された者は、その違法な用途地域決定のうち、自ら所有権等の権利を有する部分についてのみ、その取消を訴求しうるに過ぎないものとすると用途地域はその性質・目的に照らし相当の規模を有するように定められなければならない関係上、自ら相当の規模を有する土地、建物に関し所有権等の権利を有する者でなければ、用途地域決定の違法を争いえないこととなり、かくては行政事件訴訟法が抗告訴訟を認めた趣旨・目的に反する結果となるからである。

したがつて、被告の本案前の主張は、いずれも理由がない。

二  そこで、本案について判断する。

被告が昭和四八年一〇月二六日静清広域都市計画用途地域の決定をなし、都市計画法二〇条一項によりその旨を静岡県公報に告示したことは、当事者間に争いがない。

1  実体的な違法事由について

原告は、静清広域都市計画用途地域の決定のうち、本件区域(静岡市西草深町大村洋品店ガレージ部から三陽ビルに至るまでの長さ約二〇〇メートル、幅二五メートルの範囲内の区域)を第二種住居専用地域に指定した部分は、実体的な違法事由、すなわち本来商業地域に指定すべきものを第二種住居専用地域に指定した違法がある旨主張する。

ところで、都市計画は、都市の健全な発展と秩序ある整備を図り、もつて国土の均衡ある発展と公共の福祉の増進に寄与することを目的とし(都市計画法一条)、健康で文化的な都市生活および機能的な都市活動を確保すべきこと並びにこのためには適正な制限のもとに土地の合理的な利用が図られるべきことを基本理念として定めるものであり(同法二条)、その具体的実施に当つては、都市政策上の専門的、技術的判断を必要とするものであるから、用途地域指定の判断すなわち一つの地域をどの範囲で区切り、いかなる種類の用途地域の指定をなすかの判断は、法令の定める範囲内において、関係行政庁の裁量により決すべき事項というべきである。したがつて、その行政庁のなした裁量処分は、裁量権の範囲をこえまたはその濫用がない限り違法とはならないものであり、換言すれば、裁量権の範囲をこえまたはその濫用のあつた場合に限り、違法となり、これを取消すことができるものといわねばならない(行政事件訴訟法三〇条)。

そこで、かかる見地に立脚して、本件用途地域決定に違法があるか否かにつき、検討することとする。

〈証拠省略〉によれば、本件静清広域都市計画用途地域決定に先立ち、静岡市は静岡市としての案を作成するため、その現況を把握すべく、同市内につき、各町単位で、建築物の用途混在度、建ぺい率、容積率、消防法に基づく危険物の分布状況、騒音規制法に基づく特定工場の存在状況等を調査したが、その調査結果によると、西草深町は、建築物の用途混在度については、住宅が六四六戸(七八パーセント)、工場が一一戸(一パーセント)、商業が一七一戸(二一パーセント)であり、建ぺい率と容積率については、同市固定資産税課の資料をもとにして計算した結果、宅地面積が九万七、八五二平方メートル、建築面積が三万七、八五五平方メートル、建築延べ面積が六万四、〇一三平方メートルで、建ぺい率は三八・六パーセント、容積率は六五・四パーセントであり、消防法に基づく危険物については三件騒音規制法に基づく特定工場については不存在であり、静岡市としてはこれらの資料を総合したうえ、西草深町を第二種住居専用地域と判定したこと、その後、本訴提起後である昭和四九年四月と昭和五〇年六月に静岡市都市開発部計画課技術吏員松浦紘一が、西草深町のうち、中町長谷通り線、西草深町宮ケ崎町線、土太夫町西草深町線、西草深町四号線の各道路によつて囲まれる地域につき調査した(右松浦は、一つの用途地域指定の対象としては、少なくともこの程度の規模の広さを必要とするものとして、本件区域を含む右地域につき調査した。)ところ、右地域内には建物が一七一棟あるが、このうち一階建または二階建の建物は、一六三棟(約九五パーセント)あり、用途別では、住宅が一二八棟(約七五パーセント。うち併用住宅一一棟)、学校・病院・神社・教会・公民館・NHKなどの文教厚生施設が一五棟〔約九パーセント)、事務所・店舗が一七棟(約一〇パーセント)、倉庫が一一棟(約六パーセント)あるものと判明したことが認められる。

原告は、本件区域の東側に接する中町長谷通り線道路の東隣りの外濠のさらに東側の静岡税務署、裁判所、雙葉学園のあるところが、容積率六〇〇パーセントと四〇〇パーセントの商業地域に指定され、隣接する馬場町も容積率六〇〇パーセントと四〇〇パーセントの商業地域に指定され一方、本件区域を含む西草深町に勝るとも劣らない高級住宅地として定評のある音羽町と東草深町はいずれも昔ながらの静かな住宅地の環境を維持しており、都心から西草深町に比してより離れているのにもかかわらず、住居地域と指定されているのであつて、これらと比較して、五、六階建のビルが建ち並んでいる本件区域を容積率二〇〇パーセントの第二種住居専用地域とすることは、平等原則、比例原則に違反し、違法である旨主張する。

なるほど、〈証拠省略〉によれば、静岡税務署のある地域は容積率六〇〇パーセントの商業地域に、その北側の裁判所と雙学園のある地域は容積率四〇〇パーセントの商業地域にそれぞれ指定され馬場町も容積率六〇〇パーセントと四〇〇パーセントの商業地域に指定され、一方、音羽町と東草深町はいずれも容積率二〇〇パーセントの住居地域に指定されていることが認められるけれども、〈証拠省略〉によれば、静岡税務署、裁判所、雙葉学園のある追手町は、前記用途地域決定に先立つ静岡市の調査結果によると建築物の用途混在度については、住宅が三一戸(二三パーセント)、工場が二戸(二パーセント)、商業が一〇〇戸(七五パーセント)、建ぺい率については六〇パーセント、容積率については一五五パーセント、消防法に基づく危険物については一〇件、騒音規制法に基づく工場については一戸であるため、静岡市の総合判定としては商業地域とされたことが認められ、〈証拠省略〉によれば、馬場町は、中町交差点から浅間神社に至る道路をはさむようにして商店が建ち並んでいる商店街であることが認められ、一方、〈証拠省略〉によれば、同調査結果によると、音羽町は、建築物の用途混在度については、住宅が六三〇戸(七三パーセント)、工場が一四戸(二パーセント)、商業が二一八戸(二六パーセント)、建ぺい率については四三パーセント、容積率については六四パーセント、消防法に基づく危険物については四件、騒音規制法に基づく特定工場が一〇戸であるため静岡市の総合判定としては住居地域とされたものであり、東草深町は建築物の用途混在度については、住宅が二九八戸(六五パーセント)、工場が四戸(一パーセント)、商業が一五九戸(三四パーセント)、建ぺい率については五〇パーセント、容積率については七六パーセント、消防法に基づく危険物については四件、騒音規制法に基づく特定工場については七戸であるため、同市の総合判定としては住居地域とされたものであることが認められる。

前記西草深町・追手町・馬場町・音羽町・東草深町に関する各認定事実をそれぞれ対比し、これらを仔細に比較検討すれば、追手町や馬場町が商業地域に、音羽町や東草深町が住居地域にそれぞれ指定されたのに対し、本件区域およびその周辺の西草深町が第二種住居専用地域に指定されたのには、それなりの合理的な根拠のあつたことが認められるのであり、本件区域およびその周辺の西草深町を第二種住居専用地域と定めた決定には、原告が主張するような平等原則、比例原則に違反する事実はこれを認めることができない。

原告は、西草深町のうち、中町長谷通り線道路沿いの本件区域すなわち西草深町大村洋品店ガレージ部から三陽ビルに至るまでの長さ約二〇〇メートル、幅二五メートルの範囲内の区域を他と切り離したうえ、これのみを取り上げて、本件区域には五、六階建のビルが建ち並んでいるから本件区域は商業地域に指定されるべきである旨主張するが〈証拠省略〉によれば、本件区域内においては、五階建以上の建物としては、六階建のアパートがあるのみであり、三階建以上の建物としては、右のほか、三階建のNHK、四階建(一部五階)の事務所(三陽ビル)および原告の三階建の病院があるに過ぎないことが認められ、そもそも原告が主張するように五、六階のビルが建ち並んでいるわけのものではないのみならず、都市計画における用途地域の指定は、前示のとおり、一つの地域が相当の規模を有するように定めなければならない(昭和四七年四月二八日付建設省都市局長通達「用途地域に関する都市計画の決定基準」(二)参照)ところ、原告主張の本件区域は、長さ約二〇〇メートル、幅二五メートルという極めて小規模のものであるから、これを一つの地域として用途地域指定の対象とするのは、相当でないといわねばならない。

あるいは、原告は、本件区域の東側の追手町が、商業地域と指定されているから、これと本件区域とを関連させ、両者を一体としてみれば、商業地域として相当の規模を有することになると考えているのかもしれないが、〈証拠省略〉によれば、本件区域とその東側の追手町とは駿府城跡の外濠をもつて隔てられていることが認められ、地形的・立体的にこれをみれば、両者を連続させて同種の用途地域を指定するのを妥当とするほど一体性ある市街地とみるのは困難である。

前記用途地域に関する都市計画の決定基準(二)〈1〉(イ)(2)によれば、第一種住居専用地域または第二種住居専用地域は、原則として、商業地域、工業地域もしくは工業専用地域または交通量の多い幹線道路、鉄道等に接して定めないこととされているところ、〈証拠省略〉によれば、第二種住居専用地域と指定された西草深町と、その東側の商業地域と指定された追手町とは、中町長谷通り線道路の中心線で接した形になつていることが認められるけれども、前記認定のとおり、両者は外濠をもつて隔てられているので、市街地としての連続性を欠いているものといえるし、また、第二種住居専用地域と指定された西草深町が、中町長谷通り線道路に接していることは、前認定のとおりであるけれども、〈証拠省略〉によれば、中町長谷通り線道路は、幹線道路である静岡駅賎機線道路と同じく幹線道路である日出町安西線道路とを結ぶ区画回路的性格を有する道路であることが認められ、しかも、第二種住居専用地域は、原則として、商業地域、交通量の多い幹線道路に接して定めないこととされているのであるから右のような各事情の認められる本件事案においては、本件用途地域決定のうち、本件区域を第二種住居専用地域に指定した部分が前記決定基準に違反するものとして、裁量権の範囲をこえまたはその濫用があるものとするのは相当でないというべきである。

原告は、本件区域は、前記決定基準(一)〈1〉(ハ)でいう、都心で商業、業務等の施設の集中立地を図るべき区域に該当するから、商業地域たるべき要件を備えているのにかかわらず、本件区域の西側に住む三〇名の反対者に奉仕し、五〇七名の市民を犠牲にして本件区域を第二種住居専用地域に指定したことは、憲法一五条に違反する旨主張するが、右決定基準によれば、都心または副都心の商業地等商業、業務、娯楽等の施設の集中立地を図るべき区域については、商業地域と定めることとされているところ、〈証拠省略〉によれば、本件区域は、都心または副都心の商業地ではないことが認められるのみならず、前示のとおり本件区域は極めて小規模なものであつて、これを一つの区域として用途地域指定の対象とするのは相当でなく、しかも、かかる小規模な本件区域を商業、業務、娯楽等の施設の集中立地を図るべき区域とするのを相当とする特別の事情も見出しえないから、本件区域が商業地域たるべき要件を備えているものと認めることはできない。したがつて、本件用途地域決定のうち、本件区域を第二種住居専用地域に指定した部分が憲法一五条に違反する旨の原告の主張はその前提を欠き理由がないものといわねばならない。

以上のとおり、被告のなした本件静清広域都市計画用途地域の決定のうち、本件区域を第二種住居専用地域に指定した部分には、裁量権の範囲を逸脱しまたはその濫用があつたものとは認められないから、実体的な違法事由が存在する旨の原告の主張は、失当であるというほかはない。

2  手続的な違法事由について

(1)  原告は、静岡市都市計画審議会において、静岡市の山本開発部長は、本件区域を商業地域にすることには反対の陳情が出ている旨虚偽の事実を発言し、本件区域およびその周辺の西草深町を第二種住居専用地域とする静岡市の原案を通過きせた旨主張する。

〈証拠省略〉によれば、静岡市都市計画審議会は、昭和四八年二月二〇日静岡市長より本件区域を第二種住居専用地域とする案を含む静岡市の用途地域案について諮問を受け、同年五月までの間に八回同審議会を開き右案につき審議したが、同審議会において、静岡市の山本正義都市開発部長は、同年三月八日付森捷平・田中稔・大木ぎんら一七名の西草深町の住民より静岡市長宛に提出された陳情書について、その要旨を述べていること、同陳情書の内容は、「私たちの住む静岡市西草深町一帯は、駿府公園を中心とした風致地区に沿う静かな純在宅地として、最も良い生活環境を維持してまいりました。さきに、静岡市は用途地域の再指定に於て、当地域を第二種住居専用地域に指定する原案を示されました。原案作成には、現在の実状を充分に考慮されての上のことと思います。私たちは、第一種住宅専用地域指定を希望いたしますが、実現は困難のようですから、少なくとも原案が実行されることを強くお願いいたします。右町内有志連署をもつて陳情に及びます。」というものであるが、右山本部長は、右陳情書が、本件区域を商業地域とすべきであるとの原告の意見に反対のものと考えていたことが認められる。

ところで、右山本部長が、同審議会において、右陳情書の要旨を述べた際、具体的にどのような発言をしたかは明らかではないが、仮に、原告主張のように「本件区域を商業地域にすることには、町内から反対の陳情がでている」旨発言したとしても、前記認定のとおり、当時の静岡市の案は、本件区域を第二種住居専用地域とするものであり、西草深町の住民である森捷平ら一七名は、その静岡市の案のとおり実行してほしい旨を陳情しているのであるから、当時本件区域を商業地域にすることに反対の陳情がでていたことは、真実であつて、虚偽ではないものというべく、同審議会の手続に瑕疵がある旨の原告の主張は、理由がないものといわねばならない。

なお、〈証拠省略〉によれば、その後右森捷平・田中稔・大木ぎんら三〇名の西草深町の住民は同年六月一三日付で静岡市長宛に「(前略)最近、医師植山一郎氏は、自己の鉄筋八階建マンシヨン(ニユーグランドハイツ)の建設を可能にする目的を以つて、当西草深町大村屋駐車場から三陽ビルまでの約三百米の区間を商業地域に指定せしむべく巧言を弄して町内近隣住民以外の各戸を訪れ、その承諾を得る署名を集めるべく奔走していることを聞知しました。右植山氏の行動は、当地区の良好な生活環境を破壊してまでも、自己の慾望を充足せんとする利己的行為に過ぎないのであると考えられます。(中略)市当局が内定せられた第二種の住居専用地域指定を原案通り実施せられ度く、近隣住民一同連署にて陳情致します。」旨の陳情書を提出していることが認められ、これによつても、前記認定の正当性は、裏付けられるところである。

(2)  原告は、昭和四八年一〇月二〇日開催された静岡県都市計画地方審議会に先立ち、静岡県事務当局に対し、不服の意見書と膨大な資料を提出しておいたところ、県当局は同地方審議会に対し、右の意見書と資料をそのまま提出せず、意見書の要旨ともいえないものを提出しているのみならず、同地方審議会において、静岡市事務当局者は、「植山は、西草深町民二〇二名が商業地域にすべし、と署名捺印しているというが、このビル街の周辺の町民は皆植山らに反対だ。」と虚構の事実を述べており、しかも、同地方審議会においては、時間的制約を受け、委員の発言もなく、審議不充分のまま、市の山本開発部長が市の原案に都合のよいことのみを説明し、これを静清広域都市計画の他の議案と共に一括通過させた旨主張する。

〈証拠省略〉によれば、被告は昭和四八年一〇月一五日静岡県都市計画地方審議会に対し、本件区域を第二種住居専用地域とする案を含む静清広域都市計画用途地域の案について付議し、同時に右都市計画案に対する意見書の要旨(原告の分を含め一一件)を提出したが、原告が、ほか五名と連名で被告宛に提出した同年九月二六日付意見書の本文は、「今回行われんとする用途地域指定については承服出来ませんから、大村ガレージ、真田荘、パリ宣教会迄は、中町再開発区域に包含されている場所であるから、之に近隣する馬場町の再開発区域と同じく容積率六〇〇パーセントの商業地域に指定されるべきであり、之につづくNHK、駿府ハイツアパート、日本シエーリング静岡営業所、三陽ビルに至る区域は、自力で再開され、土地の高度利用が完成している地域であるから容積率四〇〇パーセントの商業地域に指定すべきである。にもかかわらず、今、県市案を縦覧してみますと、安倍川の向いにも劣る容積率二〇〇パーセントの第二種住居専用地域に指定されることになつているが、之は現実を無視し、住民の権益を侵害することの著しい暴挙であるから、来るべき静岡県都市計画地方審議会へは「商業地域」を原案として議すべきことを主張致します。」という内容のものであり、被告が右地方審議会に提出した原告の意見書の要旨の本文は、「大村ガレージ、真田荘、パリ宣教会までは、容積率六〇〇パーセントの商業地域に、これに続くNHK、駿府ハイツアパート、日本シエーリング静岡営業所、三陽ビルに至る区域は、容積率四〇〇パーセントの商業地域にすべきである。容積率二〇〇パーセントの第二種住居専用地域は、住民の権益を侵害するものであるから、商業地域にして審議会へ付議すべきである。」という内容であつたこと、右地方審議会は同年一〇月二〇日午前一〇時三〇分頃から午後三時近くまで、委員二〇名出席のもとに、予め各委員に送付されていた静清広域都市計画用途地域の決定についての議案(四号議案)を含む三四の議案を審議したが、右四号議案は、静清広域都市計画特別工業地区の決定についての議案(五号議案)と共に、午後零時五〇分頃一括上程され、同地方審議会の幹事である静岡県土木部計画課長が右両議案について説明し、予め各委員に送付されていた各意見書の要旨を県事務局職員が朗読し、右計画課長が意見書に対しては検討したことを説明した後、原告が予め同地方審議会で意見陳述をしたい旨申出てあつたので、これに対する取扱いを審議した結果、原告に五分間に限り陳述を認めることとなり、原告を同地方審議会々場に入れたところ、原告は自己の要望の事由を詳しく記載した書面を各委員に配布したうえその書面について説明しながら、本件区域は商業地域が妥当であり、これには多数の者が賛同している旨の意見を陳述し、最後に委員に対し賛同を求める旨の発言をしたうえ、委員に対し「何か質問はございませんか。」と述べたが、委員からの質問はなく、五分経過したところで議長に促されて退場したこと、その後、同地方審議会は、静岡市の職員から実情を聴取することになり、静岡市の山本都市開発部長は、議長に促されて、静岡市都市計画審議会の経過や、原告のように本件区域を商業地域にすべきであるとする意見と、それに反対する森・田中・大木らの意見などを勘案して、静岡市としては、原案どおり定めたことの経過を説明し、また、委員から「原告の意見に反対の人は近所の人か。」、「町内会としての意見の一致はどうか。」などの質間を受けたのに対し、右山本部長は、「原告の意見に対し、近所の人が反対している。」「町内会では、役員会を開いて、第二種住居専用地域でよい、直ちに商業地域にすることは困る、というような意見の一致をみ、これを静岡市長に出している。」旨の説明をするなど、委員と右山本部長との間に質疑応答が交された後、発言者がいなくなつたところで採決に入り、右四号・五号議案を原案どおり可決したこと、右四号・五号議案を審議した時間は、二〇分ないし二五分位であつたことが認められる。

都市計画法一八条二項によれば、都道府県知事は都市計画の案を都市計画地方審議会に付議しようとするときは、関係市町村の住民および利害関係人から提出された意見書の要旨を都市計画地方審議会に提出しなければならない、とされているので、被告が都市計画の案を右地方審議会に付議するに際し、右地方審議会に提出しなければならないのは、原告の意見書やその添付資料ではなく、原告の意見書の要旨であるところ、原告が前記昭和四八年九月二六日付意見書において述べるところのものは、その結論部分においては、余すところなく要約されて前記意見書の要旨に記載されており、ただその理由部分については、必ずしも、適切に要約されているとは認め難いけれども、前記認定のとおり、原告は右地方審議会から五分間の意見陳述の機会を与えられ、同地方審議会の委員に対し、その要望の事由を詳しく記載した書面を配布したうえ、その書面について説明しながら、自己の意見を陳述しているのであるから、右理由部分の要約の仕方が適切でなかつたとしても、本件用途地域決定を違法ならしめるほどの重大な手続上の瑕疵があつたとは到底認めることはできない。

次に、右地方審議会において、市事務当局者が虚構の事実を述べたとの点についてであるが、前記認定のとおり、市事務当局者である山本都市開発部長は、本件区域を商業地域にすべきである旨の原告の意見に反対する森・田中・大木らの意見もあり、その反対者らは近隣の者であること、西草深町の町内会では、役員会を開いて、第二種住居専用地域でよい、直ちに商業地域にすることは困るというような意見の一致をみ、これを静岡市長に出していることなどを述べたのみであるところ、当時森・田中・大木らの反対意見のあることは、前記二、2、(1)において認定したとおりであり、その反対者らが本件区域の近隣の者であることは、〈証拠省略〉によつて認められ、西草深町の町内会では、役員会を開いて、前記のような意見の一致をみ、これを書面にして静岡市長宛に提出していることは、〈証拠省略〉によつてこれを認めることができる。(もつとも、〈証拠省略〉によれば、西草深町々内会長村木喜代作より静岡市長宛に提出された書面の内容は、「町内会としては遠き将来は知らず、現在のところ、第二種住居専用地域としての指定が妥当であり、商業地域としての指定は時期尚早である旨申合せたので報告する。」というものであるが、前記山本部長の発言と趣旨において異なるところはない。)したがつて、右山本部長は、右地方審議会において、いずれも真実を述べたものと認められ、同部長が虚偽の事実を述べた旨の原告の主張は、理由がない。

次に、右地方審議会は、時間的制約を受け、委員の発言もなく、審議不充分のまま、静岡市の山本部長が同市の原案に都合のよいことのみを説明し、他の議案と共に一括通過させたとの点についてであるが、前記認定のとおり、本件静清広域都市計画用途地域の決定についての議案(四号議案)と静清広域都市計画特別工業地区の決定についての議案(五号議案)とは、一括して上程され可決されてはいるけれども、右両議案はいずれも静清広域都市計画に関する議案であるから、一括して上程し可決されたとしても、手続上の瑕疵が生ずるものではなくまた右両議案については、県土木部計画課長の説明に始まり、各意見書の要旨の朗読、原告よりの意見の聴取、静岡市の山本都市開発部長の経過説明、委員と右山本部長との質疑応答など時間にして二〇分ないし二五分位の間充分に審議しているのであつて、同地方審議会の委員の発言もないまま、右山本部長が市の案に都合のよいことのみを説明して一括通過させたわけのものではないから、この点の原告の主張も理由がない。

3  以上のとおり、原告の主張する実体的および手続的な各違法事由は、いずれも存在しないものと認められる。

三  よつて、原告の本訴請求は理由がないから、失当としてこれを棄却すべきものとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 松岡登 人見泰碩 渡辺壮)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例